プロフィール記事

よしろー独立2周年記念日

こんばんは、よしろーです。


いやー、経ちましたね。経ちました、2年。もう2年経つんですね〜。


ぼくがソフトバンク株式会社をやめたのが2016年12月16日。


今日(書きはじめた日)が2018年12月16日。


ついでにこの記事が書きおわった12月25日は、ぼくが教室に引っ越してきた日でもあります。


2年…。ほんとに2年経ちましたよ…。


そして節目節目に思う、


「おれはあの日から成長しているだろうか?」


せっかくなので、思うことやら決意やら、今思うことをまとめておきましょうかね〜!

変わらないために、変わり続けろ

これは安定?それとも停滞?

おかげさまで、そろばん教室はいい感じでございます。


富士見ヶ丘のそろばん教室単体で生徒数142人、出張先含めると165人。


うむうむ。さすがにこのくらいの規模になれば、自然とあたらしい生徒も入ってきてくれます。


指導もかなりこなれました。テキストやプリントの配置、うごきやすさの導線など試行錯誤したのち、今のかたちに落ちつきました。


経営が「安定してきた」と言っていいでしょう。


究極「やろうと思えば30年後もおなじようにできる」ビジネスモデルと経営/指導システムができましたから。


ただ同時に、ふ、と気づくんです。


「これは停滞のはじまりじゃないか?」と。


“安定”と”停滞”は紙一重。


むしろライバルや文明が絶え間なく進歩していることを考えれば、相対的に”後退”と言っても過言ではないわけです。


なんでしょう、うつわの限界まで液体が満たされてしまった感覚、とでも言いましょうか。


現状もっていた伸びシロ限界値に達してしまった感。なんとなくモヤモヤした日がつづきます。

生徒の遅刻がふえた。これは良くない兆候。

さて、そんな感情に浸るのも束の間。


生徒の遅刻がふえました。


それに加え、

・おけいこ後にあげるキャンディごみのポイ捨て

・タイルカーペットをはがす

・ウォシュレットの電池が抜かれる

・備品へのラクガキ etc..


ここ1ヶ月くらいで、教室内の秩序というか雰囲気が微妙に、でも確実にわるくなりました。


最初はブチ切れてはイライラしてたんですが、意外と効果がない。ふつうに遅れてくる。イタズラは減らない。


「なんでだ?」


自問し、気づく。


「おれがモヤモヤ停滞感抱きはじめた時期といっしょだ」。

細部にまで美意識を。神を宿らせろ。

わかってるつもりでも、意外と忘れるんですよね〜。


“すべてのものは経年劣化する”という事実。


富士見ヶ丘の教室、まあ実際はただの一軒家なんですが、新築です。でも30年後は築30年。


ついでに今ぼくは28歳なんですが、30年後は58歳。


“お兄さん”のキャラも劣化していき、いつしか”おじいちゃん”になるわけです。


かけっこ教室とかムリ…。というか見てる親御さんがヒヤヒヤしちゃうはずw




ここらへんの意識が最近うすくなっていました。


“安定”という名の“停滞”が、経年劣化に対する危機感、野心、目標、夢といった牙たちを腐食していたわけです。


たるんでいた。よしろーはたるんでいました。すみません。


あ、でも月謝以下のクオリティで指導していたということはありませんよ。それは100%ないです。


つねに「市場を見渡せば月謝10,000円相当だけどね!」って気位をもってぼくは仕事しているので、それがほんのちょっぴり薄れたといった感じで…って、言い訳がましいですねw


さてさて、話をもどしつつ、ここでもっとも伝えたいことをまとめておきましょう。

独立3年目のよしろーは
美意識を高める。


もちろんぼくが美容に気をつかう、ということではありませんw


神は細部に宿る。だから隅々にまで意識をめぐらせる、ということ。


たとえば今回の反省ポイントでもあるんですが、ぼくは”きれいなそろばん教室”にあぐらをかいていたんですね。


玄関のそうじを怠ったり、雑草ぬきしなかったり、ラクガキを放置したり、「まあそうじ機かけるのも2回に1回でいっか」など。


でも何もしないで”きれいなそろばん教室”なのは、はじめの2年だけ。


それ以降も”きれいなそろばん教室”でありつづけるためには、細部まで意識をめぐらし、そこに正しく維持コストを払わないといけないわけです。


これは”良いそろばん教室”、”時流をつかんでいる先生”なんかもそうですね。


ミラーニューロン、腐ったミカン、割れ窓理論、悪貨は良貨を駆逐する etc..


いろんな表現が生まれるほどに、環境は人につよい影響を与えることを忘れちゃいけない。


直接は関係ない、でも風が吹けば桶屋が儲かるかのごとく、めぐりめぐって自分に帰ってくる、


ということをあらためて心に刻まないといけないな、と。


あ、つまりぼくがしっかりキレイにしてなかったから、その汚い教室を見て、生徒の遅刻、イタズラ、ラクガキが増えた。


よしろーの美意識不足が根本原因だね、という話です😭

自立した個人をつくる

成長するって、本来めちゃくちゃ楽しい。

独立して2年。


「じぶんは究極なにがしたいのか?」を考えつづけて得た結論は「自立した個人をつくる」でした。


今風に言えば、”個人のempowerment”でしょうか。たぶんこの軸はブレません。


でも自由でいるためには、いくらでも代替がきいてしまう【並】ではいられないんですね。


じぶん主導で選択できる機会が減るからです。

自由と、それを得るために求められる能力は比例する。



だからじぶんの中にある”普通”の基準は、一般的な”普通”より上じゃないといけない。


ここらへんは以前書いたエージェンシーとストラクチャーの記事が参考になります。自立している人はエージェンシーの割合がとても高いです。

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「じゃあ自由を得るためには、つねに努力していないといけないのか。競争力をつけないといけないのか。成長しつづけないといけないのか。」


ぼくはこの問いに対し、YESと答えます。


「ムッキー!資本主義の犬!サイテー!」という声が聞こえてきそうですが、落ち着きましょう。否定はしませんが、要は、


「成長するってめちゃ楽しいじゃん!!!」

「こだわりが止まらねぇぜ…。」

「え、努力?あ〜、まわりから見ればそう映るのか〜。楽しくてやってるだけなのにw」


ってなれば、資本主義において無敵なわけです。


ぼくはそろばんを通して、この「うっほー!成長ってたのし〜〜〜」もあわせて伝えたいんですよ。


「成長や競争がツラい」や「努力しなくちゃいけない」みたいなマインドがそもそもおかしく、本来たのしくあるはずの人生の、大きな足枷になってるんじゃないかなと思ってます。

「成長さいこー!」が増えたあとの未来

前の子見出しで、

「成長さいこー!」ってなれば、資本主義では無敵。

と書きましたが、実はもうそんな世の中になりつつあります。成長をたのしめることはもはや”普通”です。


では”「成長さいこー!」で能力ある人”みんなが自由に生きられるかというと、これもまた違うでしょう。


“「成長さいこー!」で能力ある人”が【並】となり、代替のきく存在になるからです。


じゃあ「この無限ループに終止符を打てるタイミングがどこか?」


そこで1章の結論がきます。美意識です。

美意識=細部に神宿らせ力=感動を生む

ぼくは”納得”を生むのは得意なんですね。エムグラム診断でも #神ロジカル ってでるぐらいですし。

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でも”納得”ってけっこう簡単というか。”人の所業”って感じじゃないですか?


「あ、この機能ほしいです。」「はい、つくりました。」「ありがとうございます。それでOKです。」みたいな。


“納得”でもたしかにお金はもらえる。でもどうせならさらに先の”感動”まで提示できる人間でありたいし、生徒たちにもそうなってもらいたいです。


“感動”って”人知を超えたなにか=神”に触れたときに起こるじゃないですか。


モノは増えづづけ、”普通”の水準はあがり、“納得”はどんどんコモディティ化するけど、それに反比例して”感動”の価値は上がりつづけます。


ウサインボルトより車の方が速いことなんて、みんな知ってます。


「じゃあ彼に価値がないか?」というと全然ちがいますよね。彼は毎年30億くらい稼いでます。


そこらへんの車よりも”感動”を生めるからです。

「では、つぎはどうすれば”感動”を生めるか?」


それは継続された”美意識”でしょう。もちろん実力があることは前提ですよ。


“こだわり”とは区別します。”こだわり”は100%主観的なもので、ときに独りよがりになってしまいます。


“美意識”はより俯瞰的。もちろん自分の”こだわり”も含まれるけど、市場目線も含まれている感じ。


“可能性”と”蓋然性”の違いによく似ています。ほぼおなじ意味だけど、前者は主観的で、後者は俯瞰的、みたいな。


くわえて“プロ意識”とも区別します。


“プロ意識”はわずかに「〇〇であらねばならない」といった義務感が漂うからです。むりやり、というのはぼくのポリシーに反するんですよね〜。

美意識の鍛え方

今これがなくて困ってるぼくが語るのもおかしい話ですが、「たぶんこうだろう」といった仮説をまとめておきます。


人生を通して、検証していきます😎

①美しいものに多く触れる

「良い環境に身を投じろ」という真意はここにあるんじゃないかと。


世界遺産をすべて見た人と、そうでない人。


芸術を愛する人と、そうでない人。


創るプロダクト、創る空間、そして創る教室。どちらが美しいか、なんて論ずるまでもなく自明でしょう。


今日、IT企業がこぞってデザイナーを採用しているのも頷けます。

②習慣に組みこむ

『習慣が人をつくる』ことに異論をもつ人もいないでしょう。


そもそも人間はお猿さん時代の名残で、目先の利益に走るようできてるじゃないですか。


目の前のリンゴはすぐ食べないと、他のサルにたべられてしまうし、寝れるときに寝ないと、戦いに負け死んじゃいますので。


だから意志では欲求に勝てない。


でも習慣というシステム化をすることで、打ち勝つことができる。


『第3週の日曜日はかならず遠出して、美しいものに触れる』みたいに。

③「当たりまえだよ」「そういうもんだよ」

ぼくはこの本が大好きなんですが、ざっくり言うと「6才までに学びをとおしてしっかりと躾を受けた子どもは、将来お金持ちになりやすい」みたいなことが書いてあります。


そろばん教室の待合室にも置いてますので、ぜひ読んでみてください。


②で話した習慣化を「そういうもんだよ」と幼少期から仕込む。


“習慣とすら感じさせない”。これが最強です。


靴をはくときに、靴べらをつかう。ごはんをたべるときに、お箸をつかう。地べたに座らず、イスを探すなど。


ではさらにもう一歩。「どうすれば“習慣とすら感じさせない”よう習慣化できるか」。


それは親や先生が「あれやりなさい!」とか「こうすると良いのよ」など言わずに、行動しつづけること。


食後自然とコーヒーに手が伸びるがごとく。床にモノを置かない、花を一輪飾る、みたいな感覚ですね。


よく受験成功者が「親に勉強しろと言われたことない」とか言いますが、あれは親に学びの習慣がついてるからなんですね。霊長類にはミラーニューロンがあるので、自然とマネします。


自然とででしまう仕草、ふるまい、習慣、考え方などを総称して”文化資本”と言ったりしますが、この文化資本に組みこめるかどうかがカギです。

④”感動”は人生を変える

掲載許可、ありがとうございます


この字、とんでもなく美しくないですか…??


入っていた月謝も新券で、これを見たときにぼくは「ふおおおおお……ん😭」と叫んでしまいました。


“襟を正す”とか”身が引き締まる”とかそういうレベルじゃないんですね。


気のたるみというか魔が打ち消された。滅失、という感じです。もはや聖なる力でした。この場を借りて、お礼申し上げます。

親御さんが書いてくれた手紙のおかげで、ぼくはまたひとつ優れたサービスを提供できるようになりました。


生徒もハッピー。それを感じた親御さんもハッピー。


良いもの、美しいものはみんなをハッピーに。

⑤押しつけにならないよう、美意識を教える

美意識も生徒に伝えていきます。


といっても

・字をきれいに書く

・時間を守る

・整理整頓する

・壁にラクガキしない

・約束を守る

・姿勢を良くする

・正しい日本語で書く/話す

みたいな、当たりまえすぎることです。


ただ意外と徹底できないんですよね、ここらへん。


今までよりちょっと厳しくしますので、送迎している親御さんは遅刻にならないようお願いいたします!

起業家3年目よしろーの方向性

目標を5つにまとめます。

①明確な美意識

今回これだけ言ってますからね…。わたくし、よしろーは美にこだわる人間になります。


正直、“美”の価値ってこれからめちゃくちゃ上がると思ってます。


20年後はロボットもふつうにそこらへん歩いてるでしょうし、ベーシックインカムも試験導入ぐらいまでいってるでしょう。


極論、機械でできないことってない(=採算があわなくてやらないだけ)わけで、“機能”は「あって当然」なんです、もはや。


十段・日本一の”機能”をもった先生はなんだかんだ、日本にそれなりにいます。「近隣にいるか?」となると、話はべつですが。


「じゃあどこで差別化する?」

「その他の十段・日本一の先生と、よしろー先生は何がちがうの?」


というのを時代も見ながら、つねに考えつづけないといけない。


その一端が漉されて、美意識に表れてくるだろうな、と。


まあ「価値を上げるために」っていうとイヤラしく聞こえますが、やっぱり美学がある人間はかっこいいですよね。


シンプルにもっとカッコいい人間になりたいので、もっと美意識高めます。

②ポジションをとる

明確な思想/思考過程をもっとアウトプットしていきます。


週1回、日曜ブログ更新。毎日はムリ。


あとNewsPicks記事増えそうな気がします。


どうしても頭の中はブラックボックス化してしまうので。


たぶんふつうのそろばん教室の先生って、

「昭和時代の化石」

「成長をやめてる」

「頭が固い」

「教育者(一般的な定義)」

「弱者に寄り添う」

「権威に弱い」

「そろばんしかできない」

「テクノロジーにうとい」

「Mr. 一般論/常識」

「そろばんはできるけど、そろばん弾けない(=計算つよいくせに、教室は利益化できない)」

etc..


上記のようなイメージがあると思います。


どうでしょう?「当たらずとも、遠からず。」ではないでしょうか?


ただハッキリ言って、そこらへんのイメージとぼくは真逆です。


ここらへんのギャップをしっかりと埋めていきたい。


生徒も、親御さんも、ぼくも。


貴重な時間とお金をつかう以上、ムダなく、まるっと幸せになりたいじゃないですか!


みんなハッピーになるために、しっかりとポジションを明確にしていきます。


”良い人”を演じません。

③モノづくりをしっかりしていく

これは「記事を書く」とかもそうですね。


とりあえず、形に残す=後世に残す。その量を増やす。


”行動する”はもちろんですね。でもそれだけだと足りない。形に残す。


自分の主語を”人類”に変えるのが好きです。


たとえば、「ボルトは100mを9″58で走れる」。


これは「人類は100mを9″58で走れる」と言い換えられます。


こう置き換えられるものを、ぼくも1つ欲しいんですよ。せっかく人の世に生まれたからには。


そのためにつねに挑戦者でありたいし、プレイヤーでもありたい。第一線で戦う人間でありたい。


そのために表に出る。形に残す。逃げない。


よし。この記事ちょこちょこ見返して、モチベーション折れそうな時は元気だそ…。

④最初にしっかりと構成をまとめる

これは②と③をスムーズにこなすためにですね。


ぼくはかなり起業家マインドなので、走り出すのは得意なんですね。


でも落とし所や着地点をまとめるのが、うまくない。


記事でいえば、下書きが量産される、といった感じです。


世に出さないといけないのはわかってる。でもクオリティが低いモノはじぶんの職人気質が許さない。


じゃあちょっと面倒でも、最初に構成まとめようよ、と。


ちなみに本記事も最初に構成まとめてます。


いつもならこれだけ長いと、結論まとめられなくて「あああああああああああああああ」ってなってるところですが、無事校了できました。


構成をかならずまとめる!だいじ!

⑤ビジネスの実力をつける

これめちゃ大事ですね。


「そろばんの先生が、そろばん以外にも仕事を持つ」って、ぼくはめちゃ大事だと思っています。


たぶん「うちの子、そろばんの先生にしたい!」って、親御さんは皆無。


ぼく自身、収入の多角化は意識していますが、正直なところそろばん教室ほど収益が立っている事業は現在なく、恥ずかしいかぎりです…😭


あと税金こわいですね。法務もこわい。細かく理解しきっていない。


大企業では”管理系”といわれる領域をしっかり勉強します。税金と法務。


「追加徴税払えなくて、そろばん教室破綻しました!」はシャレにならない…。



「なぜ利益を出すのか?」


その答えは、事業を継続させるため。



正しく利益を出すために、経営者としての能力を高めます。

エンタメとしてのよしろーへ

な、、、NAGEEEEEEEEEEE!!!!!!


やはり久々に記事を更新するとなると、とんでもなく長くなってしまいますね…。


おもしろいテーマを、すくない文字数で、簡潔に完結させる。


そのためには、日々のアウトプットがだいじ。


「いま、よしろー先生こんなこともやってんのか〜」

「これいっしょにやってみたいな〜」

「暇だからよしろー見るか〜」


みたいなポジションも目指したいところ。


「おとなってめっちゃ楽しいんだな〜!!😽」って背中で見せたい、生徒たちに。


ちなみに独立記念記事は毎年かならずやるので、こちらもエンタメとしてもお楽しみください☺️


引き続き、よろしくお願いします!